突然アパートを退去し音信不通となった従業員を適切に解雇する方法

弊所の顧問弁護士としての対応ケースをご紹介します。顧問契約のご参考になれば幸いです(守秘義務の関係上、一部事案を改変しています)。

当事務所は介護・福祉分野のトラブル予防、トラブル対応に特化しております。日々、様々な事案に対応しますが、今回ご紹介するのは「労務問題」についてです。
介護福祉の現場は人が介在しないと成り立ちません。DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)という言葉をよく耳にしますが、それらではどうしても賄えない業務が殆どです。そのためどうしても労務問題は付きまといやすいということになります。問題を放置すると組織全体のモチベーションが落ち込んだり、提供する介護福祉サービスの品質が低下しかねません。人間関係の軋轢からくるストレスが溜まれば、ご利用者も働く人も悲しい思いをしてしまいます。

とはいえ、施設長や管理者の立場からすれば、トラブルが起きる度に現場職員を指導注意することがストレスであったり、できれば関わりたくないと思うこともあるでしょう。特にパワハラ(パワーハラスメント)問題が世間で注目されている昨今、何か言えば「パワハラを受けた」等と反撃されかねないことから注意も及び腰になりがちかもしれませんが、そういう時こそ介護福祉に特化した法律のプロである当事務所の出番です。

今回は、当事務所の顧問先である、とある社会福祉法人の施設で発生した労務問題と当事務所の対応についてご紹介します。

突然アパートを退去し音信不通となった従業員

ある日、施設長から次のようなご相談をメールで頂きました。

こちらの施設で38歳の男性介護職員を正規職員として採用しました。介護福祉士の資格を有しており、勤務経験も豊富だったので施設としては大いに期待していました。

ところがこの職員は、勤務開始から1か月して1日、2日と体調不良を理由に当日欠勤するようになり、1か月後から音信不通となってしまったのです。

施設から職員に電話をしてもつながらないため、居住していたアパートの大家さんに連絡して部屋を確認したところ、部屋の中から家財は持ち出された状態でゴミだけが残置物となっていたとのことでした。もはや夜逃げ状態です。

音信不通となった介護職員

履歴書に書かれていた実家の緊急連絡先も、いざかけてみると「現在使われておりません」のフレーズ。こんな状態ではいつ戻ってくるかも分かりませんし、何度も無断欠勤をしているので信用もできません。シフトを組んでも突然抜けられたら現場は大混乱です。幸いなことにまだ試用期間だったため、施設長はこの男性職員を解雇したいと考えました。

そこで、施設長は就業規則を確認して適切な解雇を行おうとしました。しかし、就業規則の中身を確認した時にとある疑問が生じたのです。

この施設の就業規則には

「試用期間中、能力、勤務態度、健康状態等からみて職員として著しく不適格と認められるときは第40条の規程に基づき解雇する」

という表記がありました。しかし、他の条項を確認すると、

「40条により解雇する場合は原則として30日前に通告するか、30日分の平均賃金を払う」

と書かれていたのです。つまり、今から適切に解雇するには30日分の賃金を職員に支払わなければなりません。「これではまるで盗人に追い銭ではないか」と施設長は憤りましたが、顧問社労士に相談したところ「そうする他ない」とのアドバイスであったため、やむを得ず諦めたそうです。

ところがここで障壁が現れます。職員の居場所は不明で音信不通であるため、そもそも解雇通知を送ることができません。一体どうしたらよいのか…施設長はその社労士に相談したそうですが、対処法のアドバイスを得ることはできず、当事務所へご相談のメールが届いたのです。

音信不通だと解雇通告が出来ない

まず当事務所は事実確認と就業規則の確認を行いました。就業規則を調べると、40条の他にも以下の内容が記載されていたのです。

第41条 職員が次の各号の一に該当するときは、退職とする。


⑷ その他特別な事由があるとき

今回の男性職員の場合は、無断欠勤を何度も行い、突然音信不通となり、アパートを訪れても夜逃げ状態で、連絡をとる手段が全て使えませんでした。これが「特別な事由」に該当するといえるため、この項目を根拠に男性職員は「自然退職した」とみなすことができると当事務所は判断しました。

そして、念のためこの旨を施設側から職員へメール等を使って「〇日間、無断欠勤状態が続いているが、このままだと退職扱いとせざるを得ない。〇日以内に返答せよ」等と送り、証拠化することをアドバイスしました。

これを受けて施設長はショートメールで男性職員に連絡しました。すると、後日、男性職員から返信があり、返信があった日の翌日付で退職したいという文面が書かれていたそうです。これで無事に退職手続きができました。後日、保険証などの返却物も施設に届いたそうです。

SMSで連絡すると返信が届いた

今回の対応のポイントは、「普通解雇では雇用主である法人に不利となるので、何とか自主退職の扱いにできないか」という視点を持つことです。労働者保護の観点から、普通解雇の場合は30日前予告が義務付けられていますが、本件のように無責任な者まで手厚く保護する必要はありません。

そのような考えに基づき、広く就業規則の条文を探索することで突破口を見出すことができました。

次に、いざアクションを起こすときの「後ろ盾」を得られることも施設にとって大きなメリットになります。

今回のご相談内容は、就業規則を確認すれば、第41条にある「⑷その他特別な事由があるとき」を根拠に通常の退職扱いとすることができる状態でした。しかし、現状が「特別な事由があるとき」か否かを判断するのは不安が付きまといます。もしも、それに該当しない場合は、職員から訴えられるリスクがあるからです。

当事務所が法律に基づいて検討し、訴えられるようなリスクは低いと判断できたことで事態が上手く進みました。今回は迷って進めない施設長の背中を、法律のプロとして押すという役割を担ったというわけです。

社労士は労務専門のプロフェッショナルですが、今回のようなトラブル解決に関してはその道の専門家である弁護士の出番となります。このように、「社労士の先生に相談したが解決しなかった」というご相談のパターンも多く存在します。

更に当事務所は、今回のトラブルを機に、就業規則に次のような項目を第41条の自然退職の条件に付け足すことを施設長に勧めました。

「休日も含めて連続30日以上無断欠勤をし、その間に連絡が取れないとき」

この項目を入れておくことで、今回のようなトラブルが今後発生した際にダイレクトに適用することができ、スムーズに対処できます。

就業規則は職員の処遇を決める際の重要な存在ですが、書いていることが全てであるため、実際に使い勝手が良いかが極めて重要です。どこかの雛形を流用し、形骸化したものとなっていてはトラブル発生時に足元をすくわれかねません。もちろん雇用主に一方的に有利となるような無茶な規則を作ることは許されませんが、トラブルに備えある程度戦略的な規定の仕方を意識しておかないと、いざという時に自分が困ってしまいます。

当事務所は介護福祉分野に特化した弁護士法人ですので、本件のような労働トラブルでも施設・事業所様それぞれの特性を踏まえつつ適切なサポートをご提供することが可能です。労務問題はもちろん、事業所内で発生する従業員間のハラスメント問題、労災問題、残業代問題への対応実績も多々ございます。

当サイトには顧問弁護士に関するご紹介ページもございますので、ぜひご覧ください。まだ顧問弁護士契約をされていない方で顧問契約を真剣にご検討頂いている方には20分無料のオンライン面談もご提供しておりますので、お気軽にお問合せください。

また、本コラムはミニコラムとして、短い文章で事例をご紹介しております。もちろん守秘義務の関係で内容は改変しておりますが、お伝えしたいポイントはしっかりお伝えしております。

 

当事務所ではミニコラム以外にもコラムを発信しております。こちらでは出来るだけ詳しく介護福祉において重要なテーマについての分かりやすい解説、対策法、考え方、事例などをお伝えしています。以下よりお進み頂きぜひご確認ください。