新人女性職員を男性の上司が食事に誘うことは問題ない?

弊所の顧問弁護士としての対応ケースをご紹介します。顧問契約のご参考になれば幸いです(守秘義務の関係上、一部事案を改変しています)。

 

当事務所は介護・福祉分野のトラブル予防、トラブル対応に特化しております。日々、様々な事案に対応しますが、今回ご紹介するのは、事業所内における男女間の関係にまつわるグレーな事例です。

新入社員が入社すると、どの事業所でも最初は必ず研修が行われます。責任者や先輩職員が指導すると思いますが、中には「研修の一環」と称して先輩が新入社員を誘って男女二人で食事に出かけたり、個別の連絡先を聞いたりする等の行動が発生しがちです。先輩の立場としては「早く新人との心理的距離を縮め、チームワークを良くしたい」「頑張ってくれたので労いたい」など純粋に相手のためを思う気持ちもあるかもしれませんが、やはり個別に誘うとなると相手からは「下心があるのでは…」と警戒されてしまうでしょう。指導熱心なのは結構ですが、時としてその思いが裏目に出、セクハラ等の深刻な問題に発展するケースもあります。

今回は、当事務所にご相談のあった事例をもとに、業務の延長線上で発生する男女の関わり方について、雇用主である法人としてどのように考え対応すべきかを解説します。

業務の延長線上の男女の関わりにも線引きを

とある介護施設での出来事です。

その年に専門学校を卒業した、女性社員のAさんが入社しました。新卒なので、社会人としての基本から指導しなければならず、施設の男性職員Bさんが指導担当を任せられました。施設長がBさんを任命した理由は、日頃からBさんが礼儀正しく、熱心に業務に励んでいたため適任であると考えたからだそうです。

Aさんの入社後、期待通りの指導をBさんが行っていたため、施設責任者も安心して任せていました。ところが、ある時、AさんとBさんが二人で食事に行っているらしいという情報を耳にしました。それも1回ではなく複数回あり、しかも個室の飲食店へ行った時もあったそうです。

この話を聞いた施設長は、「Aさんはもしかすると嫌がっているのではないか。職員の勤務時間外のことまで監視や拘束はできないが、施設として何らかのルールを作るべきではないか」と悩まれ、当事務所にご相談されました。

ご相談を受け、当事務所はまず当事者両名から直接事情を聴くことを勧めました。施設長が事実確認をしたところ、BさんがAさんを食事に誘い連れて行ったことは事実でした。しかしBさんによればそのことで下心等は決して無く、勤務時間内に指導が終わらないときもあったので、その延長として食事の時間帯だったので連れて行ったとのことでした。

一方Aさんに聞き取りをしたところ、Aさんとしては「業務以外のプライベートな話の方が多く、自分もお酒を飲むよう促されたので断りづらかった。その後もずるずると付き合わされており困っていた」と答えました。

法的観点から分析すると、まずBさんの一連の行為はセクハラに該当するでしょうか。

セクハラとは「職場における性的な言動に対する他の従業員の対応等により当該従業員の労働条件に関して不利益を与えること、又は性的な言動により他の従業員の就業環境を害すること」と定義されるところ、「性的な言動」の例として厚労省ガイドラインは「性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報(噂)を流布すること、性的な冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘い」とされています。本件では、BさんがAさんを執拗に誘ったという事情までは見出し難いようであれば、グレーではありますがセクハラとは直ちには認定できないといえるでしょう。しかし、その後も複数回行われたということですから、その点に注目すれば悪質であるとも言い得るところです。

注意して頂きたいのが、「被害者の感情だけが判断基準ではない」ということです。この点を多くの方が誤解していますが、本件でも「Aさんが嫌がっていたのだから、セクハラでしょ」と早合点してしまいがちです。実際には、司法の場(裁判所)ではさまざまな事情を総合考慮した上で一般的社会人の感覚、社会通念に照らし判断されますので、Bさんがどのような言い方で食事に誘ったのか、それに対するAさんの反応など詳細を把握した上で判断しなければいけません。

もっとも、セクハラではないからといって放置することも厳禁です。Aさんは「内心断りたかった、困っていた」ということですから、迷惑に感じていたことは確かといえるでしょう。法人としては、Bさんに対し何らかの指導を行い軽率に食事に誘うことは控えるよう伝える必要があります。

この点、原則として勤務時間外の職員の活動を制限することはできず、また成人同士ですからどのような関係を築くかも当人の自由です。しかし問題は、その当事者が仕事を通じて、つまり「上司と部下」という関係で出会ったということです。フラットな関係の中で誘うのと、指導の延長のように半ば義務として声掛けをするのとでは、言われる側としては受け止め方も全く違うでしょう。まして、何も知らない新卒の新入社員であれば余計に知識も経験値も無いので従わざるを得ないでしょう。

また、男女二人が個室の飲食店で食事をするというのは他者の目線がないため、ますます危険が伴います。女性職員が男性職員にプライベートを詮索されたり、連絡先の交換を強要されたりすると、セクハラ問題として職員間でのトラブルが発生しかねません。女性側が泣き寝入りすると、最悪職員が退職に至る可能性もあり、施設にとって大打撃です。当然、他の職員間にも不協和音をもたらしかねませんし、ご利用者のご家族へ不信感を与えたり、クレームに発展することも考えられます。

これが、例えば(コロナ感染のリスクからはすべきではありませんが)二人きりではなく複数名で出かける場合はどうでしょうか。誘われる側としては幾分プレッシャーも減るかもしれません。ただその場合でも、やはり上司からの呼びかけであれば断りづらく、しぶしぶ付き合う…ということもあろうかと思います。「アルハラ」(アルコールハラスメント)という言葉もある位です。昭和、平成の時代では飲みニュケ―ションとして当たり前の慣行だったかもしれませんが、飽くまで誘われる側に断る自由が保障されていることが前提となります。

Bさんに対しては、そのような事情を伝え、自分のしたことに問題があると思わないか問いかけてみると良いでしょう。

法人ごとにルールを設けて全員で守っていく

こういう場合は、法人内で外食に関する共通ルールを設けることも効果的です。

例えば、

●上司や先輩の立場で、異性の部下に対し二人きりの食事や外出に誘ってはならない

●上司や先輩の立場で、異性の部下に対しプライベートの連絡先を聞き出そうとしてはならない

●業務に関連しどうしても必要な場合は上司へ事前に相談すること

●部下の立場で、意に反して食事や外出を強要されたり、執拗に誘われたようなときはすぐさらに上の上司に報告、相談すること

●業務中のチャットやLINEは個人ではなくグループ全員がみられるグループで、社用携帯から発信すること

などが考えられます。ルールを決めたら、一斉メール等で職員に何度か周知します。

もっとも、難しいのは「いかなる場合も先輩・後輩の間柄で食事をしてはならない」とまで言い切ることはできず、当人の自由であり法人が干渉すべきでないという側面も確かにある、というところです。

そのため、明確な答えを示すことはできず最後は法人単位、施設単位で皆さんに考えて頂くことになりますが、一言でいえば「社会人としての節度をもって」何事も臨むように、ということになるでしょう。エスカレートするとハラスメントになってしまうのだということを、このコラムを回覧する方法でも良いので職員の皆様で共通認識として頂ければ、それだけでトラブルの予防になるのではないかと思います。

当事務所は介護福祉分野に特化した弁護士法人で、顧問先からのご相談、ご質問に素早く的確にアドバイス、回答することを心がけております。明確な線引きが難しい事案については、個別の事情をうかがいながらアドバイスすることに努めております。特に日々の業務で発生する大小様々なご質問、ご不安を都度解消するには、顧問弁護士契約をお勧めしております。

当サイトには顧問弁護士に関するご紹介ページもございますので、ぜひご覧ください。まだ顧問弁護士契約をされていない方で顧問契約を真剣にご検討頂いている方には20分無料のオンライン面談もご提供しておりますので、お気軽にお問合せください。

 

 

また、本コラムはミニコラムとして、短い文章で事例をご紹介しております。もちろん守秘義務の関係で内容は改変しておりますが、お伝えしたいポイントはしっかりお伝えしております。

 

当事務所ではミニコラム以外にもコラムを発信しております。こちらでは出来るだけ詳しく介護福祉において重要なテーマについての分かりやすい解説、対策法、考え方、事例などをお伝えしています。以下よりお進み頂きぜひご確認ください。