弊所の顧問弁護士としての対応ケースをご紹介します。顧問契約のご参考になれば幸いです(守秘義務の関係上、一部事案を改変しています)。
当事務所は介護・福祉分野のトラブル予防・対応に特化しており、日頃顧問先様から様々なご相談をいただきます。
様々な介護福祉のトラブルに向き合う中で、近年数が明らかに増加傾向にあり、社会的な問題となっているものもあります。特にカスハラ(カスタマーハラスメント)をはじめとするハラスメントに関してはニュースでも話題になるようになってきました。
介護福祉分野でもハラスメント問題は深刻です。人材不足が益々深刻化する中、介護福祉事業所も例外なく対策をしていかなければなりません。カスハラの概要、対策に関しては当事務所のコラムで詳しく解説しておりますので、そちらをご覧いただければと思います。
本ミニコラムでは、個別のハラスメント事例を題材に、ハラスメントに対する心構えや具体的な対処法を解説します。
ヘルパーがセクハラの被害に
ある訪問介護事業所で、訪問先のご利用者から執拗なセクハラ被害を受けている女性職員がいました。言葉で表現するのを躊躇うほどの侮辱的な言動や態度を受けながらの仕事を強いられていました。
ご利用者から「あんたはいい匂いがしそうだな」「寝不足みたいだな。夜が忙しいんだろう」等と毎回卑猥なことを言われ、また、自身の身体を舐めまわすように見られる、体に障られるといった被害を受けていました。
これらは相手に精神的肉体的苦痛を与える性的な言動であり、セクハラに該当します。
女性職員からの報告を受けて事態を重く見た事業所責任者は、このご利用者との契約を解除しようと考えました。すると、たまたまそのご利用者の過去に性犯罪歴があることが分かったそうです。外部の担当ケアマネに質問したところ、この事実は知りませんでした。
このご利用者との契約は最終的に合意解約できましたが、事業所は再発防止の対策案を考え、アドバイスを求められました。以下がご相談内容です。
- 利用者に性犯罪の前科の有無を確認し、前科者の場合はサービス提供を断るとして問題ないか
- セクハラは犯罪なので発見次第、すぐに警察に通報する旨を契約書や事前面談で宣言しても問題無いか
弁護士の回答は?
ご相談①に関しては、相手が性犯罪等の前科者であることを理由にサービス提供を断ることは残念ながらできません。国民は等しく福祉を受ける権利があり、過去に罪があるとはいえ生きる権利はあります。訪問介護の運営基準には次のように定められています。
第九条 指定訪問介護事業者は、正当な理由なく指定訪問介護の提供を拒んではならない。
ここにいう「正当な理由」とは、①当該事業所の現員からは利用申込に応じきれない場合、②利用申込者の居住地が当該事業所の通常の事業の実施地域外である場合、その他利用申込者に対し自ら適切な指定訪問介護を提供することが困難な場合である」とされています(解釈通知「3運営に関する基準」(3))。
従って、本ケースでも前科が判明したからといって一方的に断ることはできず、入り口の段階でも宣言することはできないと解すべきでしょう。
もちろん、引き受けた後に、そういう事情があることを意識して現場の動向をこまめに確認したり、事前に事業所内で情報共有し万一に備えた体制をとれる準備をする等の対策は必要です。
次にご相談②ですが、警察に通報できるのは刑法所定の犯罪に該当する場合に限られます。
性的な関係を要求した場合、強要罪、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした場合 強制わいせつ罪
このような行為をしたときは、当然警察に通報するという対応で良いのですが、密室で卑わいな言葉を投げかけたといった場合は公共性の要件を欠き、迷惑防止条例等も適用されないという問題があります。
そのため、セクハラ等ハラスメントが起きた場合の全般的な対応について契約書等に盛り込んでおくことがおすすめです。以下のような文言を参考にしていただければと思います。
ハラスメントに対する指針
「当法人は、職員の人権保障のためハラスメントに該当すると思われる事実を確認し次第、実態の究明と関係改善に向けて対応します。
具体的には、ハラスメントをしたと思われる方にお話合いに応じて頂き、当法人がハラスメントと認定した行為、その他当法人が困っている言動等について、以後控えて頂くようお願いする場合があります。
ハラスメントが認知症や知的障害、精神疾患等のご利用者(患者様)による場合は、そのご家族様や関係者にご相談を申し入れ、関係者間で事態の改善に向けた協議をお願いします。
ハラスメントが止まない場合は、やむを得ず利用契約を解除する場合があります。」
この文章に続けて、例えば弊所と顧問契約を締結頂いている法人様は、次のように追記頂くことが可能です。
「なお当法人は、職場の安全保障とコンプライアンスの徹底のため弁護士法人おかげさまと顧問弁護士契約をしています。」
解除規定
「第●条 次の事由に該当する場合は、事業者は利用者、身元保証人その他家族等に対し改善を希望する旨の申し入れを行い、それにも拘わらず改善の見込みがなく、結果として利用者に対して適切な介護サービスを提供することが困難であると認めるときは、
30日前に利用者又は身元保証人に対し文章で通知することによりこの契約を解約することができます。
ただしやむを得ない事由が認められるときは、直ちに解約することができます。
① 利用者、身元保証人、またはその家族等が、事業者やサービス従業者或いは他の利用者その他関係者に対して故意にハラスメントや暴言等の法令違反その他著しく常識を逸脱する行為を行ったとき
② 利用者、身元保証人、またはその家族等が、事業者や職員、もしくは他の利用者その他関係者の生命、身体、財産、若しくは信用を傷つける恐れがあり、且つ事業者が通常の方法ではこれを防止できないと判断したとき
③ 利用者、身元保証人またはその家族等が、利用者の他事業者利用に関する事業者の助言や相談の申入れ等を理由なく拒否し、或いは全く反応しない等、事業者の運営を著しく阻害する行為が認められるとき 」
事業所から解除するときのポイントは、「イエローカードを提示する」ということです。解除条項に予め盛り込んでおくことが良いですが、もしそのような規定が無かった場合、案件ごとに書面でハラスメントの事実と今後の事業所の方針を伝え警告するという方法もあります。解除条項が事前に整備していなかったからといって諦める必要はありません。
とにかくまずはイエローカードを出すというアクションを実施することで、事態の改善が見られず契約解除に突き進んだ場合に、万一裁判になった場合でも丁寧なプロセスを経ていたと認められ解除が認められやすくなります。
契約を終わらせる時の注意事項
この事例の場合は、事業所がご利用者に直接通知し合意解除することで進みました。この時、ケアマネを通してご利用者に間接的に解除を通知しようと考える方がいらっしゃるかもしれませんが、それは危険です。
ケアマネは事業所代理人ではなく、法的には契約当事者として直接伝えなければなりません。
また、間に入ったケアマネの伝え方次第で事態が炎上したり、利用者側に誤解されるリスクもあります。
更にいうと、解除前後に行う次の事業所の紹介を忘れずに実施してください。具体的には、引き継ぎ先を見つける必要まではなく、ハートページなどの事業所リストをお渡しすれば最低限足ります。実際には、間に入る包括等ケアマネが実施してくれることがほとんどですが、運営基準上は事業所が自らすべきこととされており注意が必要です。
トラブル対応は適切な初動対応が肝心
セクハラをはじめトラブル対応で重要となるのは初動対応です。問題を発見した次の瞬間から、如何に適切に素早く動けるかで、被害を最小限に食い止めたり、早期にトラブル相手をけん制することができます。この初動を的確に行うために、当事務所のような介護福祉特化の弁護士法人が力を発揮できます。
当事務所は、介護福祉分野に特化した弁護士法人として全国の150を超える顧問先をご支援しており、様々なトラブル対応の実績がございます。出来るだけ細やかに対応できるよう、当事務所では顧問弁護士プランをご用意しております。顧問弁護士に関するご紹介ページもございますので、ぜひご覧ください。まだ顧問弁護士契約をされていない方で顧問契約を真剣にご検討頂いている方には20分無料のオンライン面談もご提供しておりますので、お気軽にお問合せください。
また、本コラムはミニコラムとして、短い文章で事例をご紹介しております。もちろん守秘義務の関係で内容は改変しておりますが、お伝えしたいポイントはしっかりお伝えしております。
当事務所ではミニコラム以外にもコラムを発信しております。こちらでは出来るだけ詳しく介護福祉において重要なテーマについての分かりやすい解説、対策法、考え方、事例などをお伝えしています。以下よりお進み頂きぜひご確認ください。